法衣・袈裟には、さまざまな日本の伝統文様が用いられます。
仏教は、歴史的に皇室との関係が深いため、使用される文様の多くが共通します。
宗派によって好まれる色や文様が異なることもありますが、汎用される代表的な文様をご紹介します。
「家紋(寺紋・宗紋)」「動物文」「植物文」「その他」に分類し、それぞれがどのような意味や背景を持つかを解説します。
法衣・袈裟の伝統文様
家紋(寺紋・宗紋)
菊御紋
まずはじめに、家紋のなかで最上とされるのは、皇室の御紋である「菊御紋(きくのごもん)」です。
後鳥羽天皇(1180年~1239年)が好んで使用されたことが始まりとされております。
周知のとおり、古くから皇室と仏教の関係はとても深く、各宗派において皇室ゆかりの文様が使われるようになりました。
しかし、明治になって、「十六葉菊紋」が天皇の御紋として正式に使用されることに決まってからは、みだりに菊御紋を使用することが禁止されました。(明治12年に緩和)
そうした流れの中で、皇室の「十六葉菊御紋」ではない、「裏菊紋」や十六葉以下の菊紋が用いられるようになりました。
十六葉八重表菊
家紋(寺紋・宗紋)*一例・順不同
十四葉菊紋
近衛牡丹紋
五七桐紋
五三桐紋
左三つ巴紋
東寺雲紋
動物文
家紋(寺紋・宗紋)は、素絹や袍服といった御衣に用いられることが多く、一方で、動物文は御袈裟で多用されています。(勿論、それぞれ逆で使用される場合も多々あります)
あくまでも感覚ですが、御袈裟に用いられる動物文は、「鳳凰文」と「龍文」が半数以上を占めます。
その他の動物文としては、鳥、鶴、獅子、麒麟、鹿などがあります。
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鳳凰文
中国の伝説では、鳳凰は羽のある生物の長で、「天子が正しい政治を行うと出現する」霊鳥とされました。
日本においては、鳳凰は古くから天皇のシンボルとして扱われました。
時代を経るにつれて、次第に一般にもポピュラーな文様となりましたが、現在においても最も格式高い動物文とされます。
龍文
鳳凰文と対となる龍文ですが、こちらも仏教の衣體に用いられることの多い文様です。
龍は、古くから中国皇帝のシンボルとして扱われておりましたが、日本の皇室が龍文を用いることは少なかったとされます。
仏教においては、仏法を護るという意味で重宝されています。
植物文
植物文は、種類が多く、他の文様と組み合わせて用いられることもあります。
仏教においては、蓮・桐・菊・牡丹・藤・葵などを見かけることが多いかと思います。
よく言われる「唐草・唐花」というのは、文字通り「唐の草・花」ということで、広くは中央アジア発祥の花模様であり、それが日本に伝わったものです。
特定の植物のことでは無く、また、何の植物か判別できない際にも「唐草・唐花」と呼ばれます。
唐花文に花を組み合わせた文様に、「宝相華」というものがあり、これも「有識文様(ゆうそくもんよう)」として多く用いられます。
蓮文
蓮は、古くから仏教や中国の文化において仏教の象徴として描かれてきました。
蓮は、泥の中で生まれますが、泥に染まることなく美しく咲くことから、仏法では「智慧」や「慈悲」を表します。
桐(唐草)文
中国の伝説では、聖王の出現と同時に現れるとされる鳳凰とセットになっており、鳳凰は桐の木に棲み、竹の実を食べるとされました。
日本においても桐モチーフの文様は、皇室が多用し、特に高貴なものとされました。
菊文
菊御紋として皇室で用いられ、親王家、門跡寺院などでも利用されます。
「万葉集」には登場せず、「古今和歌集」で多用されたことから、奈良時代末期ごろに日本に伝来したと推測されています。
牡丹文
平安時代初期に、弘法大師空海によって日本にもたらされたとされます。
牡丹を用いた文様は数多く、古くから摂家で使用されました。
藤文
奈良・平安時代の貴族は、藤のような紫色の花を愛好しました。
「万葉集」・「古今和歌集」においても藤を称える歌が多くあります。
仏教の衣體においては、藤立涌が使用されることが多いです。
小葵文
銭葵、あるいは架空の花の様子を象ったものとされています。
他の文様と組み合わせることもあり、高貴な文様として多様されました。
その他
上記に分類できないものを一例としてまとめました。
遠山文様
遠くに見える山々の重なり合う様子を表した文様です。
高野山において、遠山文様は最上とされます。
輪宝羯磨紋
密教宝具とされ、真言宗で使用されます。
それぞれ一つの宝具ですが、輪宝と羯磨と合わせた輪宝羯磨紋が好まれます。
雲立涌
生まれては消え、さまざまな形に変化する雲は、いかにも神の造形をイメージさせるためなのか、文様として好まれました。
特に、雲立涌は、藤原頼道の時代から摂関に好まれました。
紗綾形
「不断長久(家の繁栄や長寿が長く続くこと)」を意味する吉祥文様の一つです。
梵字の「卍」の変形して連続させた形からできています。
青海波
穏やかな波がどこまでも続いている様子を模様にした「青海波」は、未来永劫にという意味が込められた吉祥柄です。
亀甲(花菱)
六角形の連続が亀甲文様です。
亀が長寿だということから吉祥文様とされ、現在でもあらゆるところで広く使用されています。
花菱
その名の通り、花と菱を合わせた文様で、菱は、旺盛な繁殖力が縁起が良いものと認識されて、広く好まれました。
菱の先端を唐花のように3つのカーブで表現したのが「花菱」です。
七宝繋
輪を連続してつなげた文様です。
円が無限に連鎖する文様のため、「世界中の財宝」や「無限の子孫繁栄」を表す吉祥紋として広く使用されています。
蜀江
八角形と四角形を連続的につなげた文様です。
その中には、花などの文様が描かれ、多くのパターンが存在します。
呼び名は中国の「蜀江錦」に由来します。
≫参考文献 佛教の文様(池 修)・日本・中国の文様事典(視覚デザイン研究所)・有職文様図鑑(八條 忠基)
まとめ
法衣・袈裟に用いられる伝統文様について、代表的なものを「家紋(寺紋・宗紋)」「動物文」「植物文」「その他」に分けて紹介しました。
当然のことですが、この中で紹介できていない文様はまだたくさん存在します。
一つ一つを詳しく紹介するWebページは有るかも知れませんが、大まかにまとめたものが無いようなので、それならば勉強がてらにつくろう、ということで今回作成しました。
*コラム内の画像は、実際の生地写真とフリー素材を使用していますが、随時追加・入れ替えをします
ご不明な点などございましたら、コメント欄にご記載いただくか、問い合わせフォームよりご連絡ください。